本ニュースレターにご興味をもっていただきありがとうございます!このニュースレターでは、中国清華大学大学院に留学中でありサイエンスライターなどをこなす筆者が、科学的知見をベースにあなたの人生の道しるべを提案します。
最近では「検索エンジン、AIの発達で各人が欲する情報に容易にたどり着けるようになった!」とは言われますが、実際にはテキストの複雑さが低い、つまり平易な文章ばかりが表示されるし、プロンプトによらず結局最小公倍数的な情報が提供されるようになってるしでニッチで深い情報への道のりはむしろ長くなってしまっているのが現状だったりします。もちろんAIはなんでも知っているけれど、それと同時に大多数の人がニッチで深い情報には興味を示さないことも知っています。だからAIはあえてニッチ情報を提供せず、結局情報の濁流の中で「より信頼でき、本当に価値ある情報」にたどり着くのは一層困難になっているというわけ。そこで本ニュースレターは検索エンジン、AIからは辿り着けない「ニッチ」をニッチなあなたに毎週お届けします。もちろん万人に受ける内容だとは思っていませんが、少しでも興味があればご購読いただければ幸いです(無料です)。
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というわけで今回は「休憩」のお話。個人的に、最近インターンやら授業やら研究やらでバタバタしておりまして、毎晩バタンキューな生活を送っておりました。皆様の中にも夜にはもうへとへと、なにもやる気がしない!って方は少なくないでしょう。実際、米国心理学会(APA)の調査では、成人の71%~79%が仕事に対して燃え尽き感を感じていると回答していたりしますしね。さらにこの調査によれば、回答者の60%近くが、そのストレスによる悪影響として、興味、意欲、エネルギーの欠如、認知的疲労、感情的疲労、肉体的疲労などを報告していたそうで、仕事の後にどっと疲れがやってくるのもうなずけるでしょう。
仕事上のストレスや疲労が長期的に体を蝕んでいくことは複数の研究から明らかで、例えばPLOS ONEに掲載された2017年の研究によると、職場での燃え尽き感は、冠動脈性心疾患、胃腸障害、2型糖尿病など、さまざまな身体的健康問題の予測因子として特定されたんだんとか。怖いですなぁ。
そうはいっても職場での燃え尽きにつながる多くの側面は、なかなかコントロールできないのが悲しいところで、あなたにできることは多くはないかもしれません。しかし、じゃあ何もできない!ってわけではありませんで、個人が実践できるアプローチもいくつか見つけられるでしょう。そんな中でも今回は、簡単に実践できるわりになかなか効果がデカいぞ!って手法として「Micro-Break」なるものを紹介してみることにします。
Micro-Breakってのはまだ明確な定義があるわけではないものの、大体「作業をいったん中断してとる10分以内の小休憩」みたいな感じで説明されることが多め。Micro-Break以外にもWork BreakとかRest BreakとかMini Breakとか言われたりもしますが、今回はこの辺も全部含めて「Micro-Break」と呼ぶことにしましょう。この短い休憩をはさむことによって生産性を落とすことなくエネルギーを回復し、結果的に長期的に高い成果を上げられるようになるのでは?というわけですね。ちょっと小難しく言えば、Micro-Breakが適度に認知的過負荷を解消し、無理なく脳が働き続けてくれるのではないか、と。
これは単にタスクから距離を置くことで脳がすっきりする(神経の発火の調節)ってだけでなく、空気の供給、感情状態、血流の改善、脳への異なる刺激などが複雑に組み合わさることで高い効果を得られると考えられてまして、「ただの休憩」と侮らず一度試していただければと思っております。私も「こんなに疲れてるのって日中全然休憩をとっていなかったからでは?」と思い多当たり、Micro-Breakを実践し始めてから、実際の作業時間は減ってるにもかかわらずより高い成果が上がり、疲労感もグンと減ったので(おかげで今回のニュースレターのリサーチをするエネルギーが蓄えられた)。
てことで今回は、
- Micro-Breakってどんな効果があるの?
- 何でみんなそんな効果があるのにMicro-Breakをとってないの?
- 休憩中には何をすればいいの?
- 最適な休憩時間は?
といったあたりを深ぼっていきます。"always-on"が当たり前になった現代社会においてこのMicro-Breakの習慣はかなりの「格差」を生む強力な武器になってくるかと思いますんで、ご興味あればお試しあれー。
目次
- Micro-Breakをとるメリット
- なんであなたは休憩をとらないの?
- 休憩をとる理由
- 休憩をとらない理由
- Micro-Breakの正しい取り方
- まずは休憩行動の記録から始めるべし:
- Micro-Breakの効果を肌で実感せよ:
- 周りを巻き込め:
- Micro-Break中には〇〇をしろ!〇〇をするな!:
- "Micro"ってどのくらいよ?:
Micro-Breakをとるメリット
それではまず、「そもそも何でMicro-Breakがそこまで必要なんじゃい?」ってことで、短い休憩をとるメリットを認めたデータをチェックしてみます。まあ休憩が大事!ってのは何となくわかっていたとしても、なかなか人の目もあるし休憩をとりにくいなーって感覚もよくわかるところ。実際、「休憩をとりたいと思うけど休憩をとらない」って現象はいたるところで確認されてますしねぇ。そこであらかじめ休憩をとるメリットを知っておくことで幾分か休憩をとる自分を「正当化」できるようになるのではないかと。休憩をとったとしても「早く戻らねば」とか思ってたんじゃあ心も体も休まりませんからね。
- 物理的にも心理的にも仕事から距離をとれる(R)
- 仕事中及び仕事後のストレスが軽減する(R)
- 仕事中及び仕事後の筋骨格系の不快感や疲労感が激減する(R, R, R, R)
- 主観的、客観的なエネルギーレベルが向上する(R, R)
- 強いネガティブ感情を抱く確率も低くなる(R)
- 休憩前後を含め一日の仕事中の集中力が高まる(R)
- 創造性が向上する(R)
- 一日の仕事のパフォーマンスは(タスクに向き合う時間が短くなっても)維持または向上する(R, R, R, R, R)
- 心理的なウェルビーイングが高まる(R, R, R)
- 他人を助ける行動を起こす確率が高くなる。結果、人に好かれやすくなる(恋愛の成功も含む)(R)
- Micro-Break中に脳が急速に再活性化を起こし、タスクや学習内容が記憶に定着しやすくなる(R)
- 同様に、新しいスキルの習得スピードが圧倒的に効率化する(R)
Source: "Give me a break!" A systematic review and meta-analysis on the efficacy of micro-breaks for increasing well-being and performance
みたいな感じ。上図は2022年のメタアナリシスの結果で、パフォーマンスに関しては必ずしもプラスに働くってわけではないものの、疲労感減少や活力アップ効果については一貫してナイスな方向に機能する傾向がお判りいただけるでしょう。
なんであなたは休憩をとらないの?
ここまで読んでくれたあなたが「明日からちょっと短い休憩を増やしてみようかなー」と思っていただけたらなら幸いですが、それでも休憩を頻繁にとることにはためらいを感じる人もいるでしょう。
そこで続いては「人はなぜ仕事中に休憩をとるのか?休憩をとらないのか?」という視点から考えてみましょう。このプロセスを踏むことによって「休憩をとるモチベーション」を増やしたり「休憩行動に対する邪魔者」を減らしたりすることができ、結果的に気持ちよく休憩を増やせるのでは?というわけですな。
この点については、去年Journal of Business and Psychologyに掲載された研究において、チームは400人以上の参加者が仕事中に休憩をとる・とらない理由を徹底的に分析し、さらに休憩行動を予測するモデルまで開発してくれております。そこで分かった「みんなが休憩をとる/とらない理由」はこんな感じ。
休憩をとる理由
- 疲労(45%):シンプルに疲れたとかんじたから
- 生理的欲求(30%):コーヒーを飲みたい、タバコをすいたい、トイレに行きたいと感じたから
- パフォーマンスの心配(28%):休憩前にパフォーマンスが落ちていると感じた、休憩をとった方がパフォーマンスが上がるように感じたから
- ネガティブ感情(21%):退屈、不安、フラストレーションを解消したいと感じたから
- 離脱願望(18%):タスクや環境、人間関係から距離を置きたいと感じたから
- 社交の欲求(6%):同僚とはなしたかったからなど
- 仕事から離れるため(5%):車の修理、のように仕事とは無関係の事情で離れなければならなかったから
休憩をとらない理由
- 仕事量が多い(33%):休憩したら仕事が終わらないと感じたから
- 勢い(27%):思考が途切れてしまう、勢いを失うと感じたから
- エクスペディエンス(25%):今踏ん張れば今後の自分の仕事が楽になると思ったから
- 突然の変化(10%):いきなりやらなきゃいけないことが増えたから
- 上司(8%):休憩をとろうとすると上司から呼び出されてしまうから
- 印象管理(6%):同僚から怠け者だと思われたくない、仕事の邪魔をしたくないと感じたから
この結果を応用するとすれば、上記の通り、仕事の中に「休憩をとる理由」を増やし、「休憩をとらない理由」を減らす工夫を取り入れてみるのがよろしいでしょう。例えば、
- コーヒーはデスクでは飲まず必ずラウンジまでいかないと飲めないことにする
- 同僚と話す時間をあらかじめ設定しておく
- 1時間に2~3分の程度の休憩をとっても仕事の成果は変わらない、または向上する可能性が高いことをエビデンスベースで認識しておく
- 一日(または半日、2時間など)のやるべきことはあらかじめリストアップしておき、途中で発生した事案については翌日または次のラウンドに持ち越す
みたいな感じっすね。ちなみに、別の小規模な調査では、ほかの面白い「休憩をとらない理由」がまとめられてて、
- 自分はまだ若いから休憩をとらなくても問題ない
- 普段運動してるから休憩をとらなくてもパフォーマンスは下がらない
- 休憩をとることに何の意味があるのかわからない
- アップルの戦略にハマっている気がして嫌だ
- 上司が「あいつはどこにいるんだ、なんでデスクにいないんだ」としょっちゅう言っている
みたいなところも上げられていましたね。こうやってみると人によって休憩をとる、とらない理由は結構ばらばらなことがお判りいただけるでしょう。
なんでむやみに休憩時間、回数を増やす前に「自分の休憩行動の根本にあるモチベーションってなんだ?」を考えてみるのもおすすめ。具体的には、以下の4ステップがおすすめされます。
- デスクから離れた時刻と戻ってきた時間を毎回メモっておく
- 2~3時間または半日ごとにそのメモをもとに「自分はその休憩中どこでどんな行動をとっていたか?」を思い出し書き出す。休憩が2時間に1回以下だった場合には、その間の行動も書き出す
- それぞれのタイミングでの気分と「なんでその行動を選択したのか?」を考える
- 「なんで?」を3~5回繰り返し、原因をより深ぼっていく
このプロセスは特に休憩を「とらなかった」時に重要。例を挙げれば、「周りの目が気になったから休憩をとらなかった」(なんで?)「休憩をとりサボっているように見られたくなかったから」(なんで?)「仕事ができない奴に思われたくなかったから」、みたいにくりかえしていくことで、「結局成果を上げられる人間として見られたいんだ!」ってのがはっきりして、目先の「なんかネガティブなレッテルを張られちゃう気がする」って漠然とした不安感が消失、根本的な願望、価値観に沿うために堂々と休憩をとれるようになるのではないか、と(このケースなら「最終的に最速で高い成果を上げているのを周りに知ってもらう」がゴールになる)。結果的に効果的な介入も明確になって「あの人はラウンジでしかコーヒーを飲まない」ってイメージが付けば「メリハリのつけられるできるやつ」みたいにポジティブな評価につながるかもしれないですしねー。
特に男性に比べて女性の皆様は休憩をとることに対してためらいを感じがちなのでぜひともお試しあれ―。
Micro-Breakの正しい取り方
ここまでで何となく休憩をとるモチベーションが上がり、休憩をしている自身の姿が想像できるようになっているはず。しかし休憩時間を全てTikTokを眺める、みたいな行為に費やしては超絶もったいないのはご想像の通り。そこでお次ははMicro-Breakをとる際の具体的なルールや注意点などをまとめておきます。
まずは休憩行動の記録から始めるべし:
- そもそも人は自分が何回休憩をとったのかを正確に把握していない
- デスクから離れた時間と戻ってきた時間を下図のように記録するというテクニックがある(R)
- この際、活力と疲労のスコアも10段階くらいで記録しておくとよい(活力は「より上に向かっていくぞ!」みたいな気概のことで、疲労はベースラインよりいかに下に位置しているか。「心地よい活性化」「不快な活性化」などといい分けられたりもする別物であることに注意(R))。
- これによって自分の休憩パターンを認識できるようになるだけでなく、自己反省を促し、自己効力感を向上させる効果もある。
- 休憩が少ないことに気づいたら、「もっと早く休憩をとればよかった、なぜなら__________________________」という文章の穴埋めを行ってみるのもよい。
Source: Office Workers’ Perceived Barriers and Facilitators to Taking Regular Micro-breaks at Work: A Diary-Probed Interview Study
Micro-Breakの効果を肌で実感せよ:
- いくらMicro-Breakの効果を示したデータを見せられても「なんか休憩をとりにくい、、、」という不安を克服するのは容易ではない可能性がある
- そこで仕事の休憩回数を1時間に1回、2時間に1回、3時間に1回と制限し(トイレなども含む)、その日のタスクの達成度、疲労感、活力を100点満点で評価してみる(月曜日と金曜日ではバックグラウンドが異なるので1週間ごとに評価するのがおすすめ)
- 実際、効果を学び、実感することで「その方が自分のためにも周りのためにもなるとわかっているから、休憩を取ることを楽しんでいるし、罪悪感もない」と答えた人もいる(R)
周りを巻き込め:
- 周りからの目が大きな障害になっている一方で、他人の存在は大きなモチベーションブースターにもなりうる
- 実際、休憩時間に一緒にコーヒーを飲むオフィス文化を構築することで結果的に高い成果が上がり、仕事へのエンゲージメントが向上、病欠率が減少した会社がある
- 加えて、長時間座っていると感じたら積極的にデスクから離れてはどうかと声をかけるオフィスもある(R)
- とにかく、オフィスで一人でも多くの人間がMicro-Breakの効果を認識することがみんなの健康と全体のパフォーマンス向上に寄与する可能性が高い
Micro-Break中には〇〇をしろ!〇〇をするな!:
- Micro-Breakによる疲労感減少、パフォーマンス・活力増加の効果は「仕事と関係のない行動」であればあるほどでかい。つまり、メールをチェックしたり同僚の仕事を手伝ったりといった行動はMicro-Breakのポテンシャルを発揮できない(R, R, R)
- 仕事に関連したMicro-Breakはむしろ幸福感の低下、睡眠の質の低下、ネガティブ感情の増大とも関連する(R)
- 一方ストレッチや軽い筋トレのような身体的活動はポジティブな効果が大きく、特にポジティブ感情の増大、疲労感減少の効果が大きい(R)
- 「自然の緑」を40秒見るだけでも注意力と集中力が回復し、ストレスが軽減するという研究もあり(R)、自然との物理的距離を増やすまたは画像、動画を見るという休憩スタイルもおすすめ
- ただし、その休憩行動に「没頭」していなければ効果はイマイチになる可能性が高い。つまり自分の好みに沿っているだけでなく、あまり注意があちこちに散ってしまうような行動は不適切。クリス・バートラム博士の研究によれば、1日2~3回、10~15分の休憩を取り、その間マインドフルネス瞑想か軽い運動を取り、さらに1日3回、次の1時間20分の仕事で何を達成したいか(フロートリガー)を書き出した従業員は、フローに入る量が2倍に増大し、エンゲージメントは4倍、ストレスと心拍変動でも改善が見られた(R)
- 家族や恋人、友人へのメッセージの送信は、活力の増加のほか、「仕事とプライベートの間の葛藤を軽減する」という効果もある(R, R)。ただしデジタルデバイスを触る際には仕事関連のメッセージからは距離をとれるような仕組みを設けておくのが吉。例えば、仕事の連絡もLINEで行っている場合、家族からのメッセージを確認しようとして仕事のメッセージに触れてしまったせいで休憩にならない可能性がある
"Micro"ってどのくらいよ?:
- 最速で27.4秒の休憩でウェルビーイングとパフォーマンスが向上したという報告がある(R)
- また、集中力や注意力、課題遂行能力に関しては、40秒の休憩でも十分な効果が確認されている(R)
- ただし、現時点で「ベスト」なMicro-Breakの時間は定まっていない。軽い運動を伴う3~5分の運動を1時間に1回という研究もあれば(R)、1分、5分、9分のどれでも変わらず、どれも疲労感を軽減し、注意力を向上させたという研究もある(R)。ただし、最近のメタアナリシスでは「10分以内」という範囲であれば「長ければ長いほど効果はでかいのでは?」と示唆されていたりもする(R)。結局のところ、休憩そのものの時間よりも頻度(1時間に一回以上がベスト)が重要となる可能性が高い