🧬【2026年9月版】老化・長寿領域の重要ニュース&トピック解説

セマグルチドの寿命延長実験、臓器の老化を読むAI、広がる日本企業の参入。「こんなことも進んでいたのか」と思えるニュースを解説します。
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おくさん
2026/09/16


高齢のマウスが既存薬で長生きし、皮下に移植した筋肉が動く。その一方で、日本では製薬や食品に加えて、不動産・広告企業も長寿分野に集まり始めました。研究室で起きていることと、事業として動き始めたことを一緒に見ると、この分野の今が少しつかみやすくなります。

今回は、直近1カ月の老化・長寿ニュースをまとめてお届けします。薬、AI、国内企業の連携まで。「こんなことも進んでいたのか」と思えるニュースを見ていきましょう。

まず1分で、今回の全体像

  • 薬・細胞治療:セマグルチドの高齢マウス実験、収縮する筋肉移植片、眼を対象にした部分的リプログラミング。
  • 測る技術:組織画像のAI時計と、51本の介入研究によるエピジェネティック時計の比較。
  • 老化の仕組み:超長寿者のT細胞、ミクログリアの分泌物、腸管幹細胞の代謝、リソソーム内の蓄積物。
  • 女性の健康:Buckの生殖レジリエンス仮説と、思春期・妊娠・閉経期の脳を比較した縦断研究。
  • 研究を社会へ:XPRIZEの決勝、ASAGIの会員拡大と東京の国際会議、阿部養庵堂薬品の海外登壇、Altosの研究・人材の動き。


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1.セマグルチドでマウスが長生きした。食事制限との違いは?

まずは、前回の「最初の長寿薬」の話に直結する一本から。糖尿病や肥満の治療に使われる薬で寿命が延びたと聞くと、やはり気になりますよね。ただ、研究者の間では、その結果の読み方をめぐって議論も起きています。

9月2日のNature論文は、前回の「最初の長寿薬」の話とも密接に関連するニュースです。カリフォルニア大学バークレー校などのチームは、すでに高齢に達した20カ月齢の雌マウスにセマグルチドを投与し、寿命の延長を報告しました。NIHの発表では、寿命の中央値が約100日長くなったと説明されています。

セマグルチドはGLP-1受容体作動薬。食欲や血糖調節に関わるGLP-1のシグナルを利用する薬です。今回の結果を読むうえでのポイントは、投与を始めたのが高齢になってから、という点です。人生の後半から働きかける余地があるのか、という問いに近い設計ですね。

目的の違う実験を分けて読むことで、何が分かったのかがはっきりしてきます。

  • 身体機能などを見る実験では、3カ月の投与を評価した。
  • 生存を追跡する別の実験では、投与を継続した。
  • さらに、食事量を合わせたカロリー制限との比較を行った。

つまり、「3カ月使うだけで、その後の寿命が延びた」という話ではありません。どの実験で何を測ったかを確認すると、見出しだけでは分からない違いが見えてくるように思います。

ここで特に気になるのが三つ目ではないでしょうか。食欲に作用する薬なら、「食べる量が減った効果では?」という疑問が自然に出てきます。しかし、実際のところ、食事制限との比較では、多くの機能面で効果が重なる一方、空間記憶や血糖調節など、セマグルチド群で追加の改善が見られました。

研究チームは、栄養状態を感知する仕組みや、進化の過程で保存されてきた老化関連の調節因子の変化も調べています。体重だけでなく、細胞の維持・修復に関わる反応まで見ているということですね。食事量の減少だけでは説明しきれない機能への作用が示された一方、寿命が延びた仕組みまで食事量と独立に解明できたわけではありません。研究対象は一系統の雌マウスで、関連特許の出願も開示されています。

SNSの反応:「何と比べた寿命延長か」が争点

この論文に批判的な見方を示したのが、Gordian Biotechnologyの共同創業者・最高科学責任者(CSO)であるMartin Borch JensenさんのX投稿です。論点の一つは、食事量を合わせた群との「寿命」の比較がないこと。もう一つは、今回の対照群の寿命を、他の実験における健康なマウスの寿命と比べてどう評価するかです。Jensenさんは研究自体の価値を否定するものではなく、そこから大きな結論を引き出すことに異議を唱えています。

一方、Joel Jacksonさんはその投稿への返信で、飼育環境や餌、遺伝的背景が違う他の研究の対照群と、単純に比較することへの疑問を示しました。そのうえで、実際に寿命を評価したことには価値があると述べています。


このやり取りには、なるほどと思いましたね。二人の意見を勝ち負けで読むより、「食事量をそろえた比較はあるか」「研究をまたいだ比較はどこまで成り立つか」と問いを分ける方が、次に必要な実験が見えてくるからです。

今回の結果を、人の寿命を延ばす効果が確定したニュースとして読むことはできません(当然ですけど)。ただ、病気への効果を調べてきた薬で、高齢動物の寿命まで追跡したことは前進です。次に気になるのは、食事量をそろえた寿命の比較や、雄・別系統での再現といったところでしょうか。SNSの反応を読んでいても、比較相手の選び方の視点は大事ですよねぇ。

2.「あなたは何歳?」から「どの臓器が、どう年を取った?」へ

8月14日のNature Medicineの研究では、オーストリアの研究機関CeMMなどのチームが、AIで組織標本から年齢を推定しました。対象は983人、40種類の組織、25,712枚の組織標本画像。研究チームは、そこから組織ごとの「時計」をつくりました。


顔を見て年齢を推測するように、組織の見た目からも年齢の手がかりを得られないか。発想の入口は、そう考えると分かりやすいでしょう。ただ、AIが見るのは見た目の印象ではなく、細胞の並びや組織の構造に含まれる情報です。

面白いのは、全身に一つの年齢を付けて終わらない点です。同じ人でも、脳と肝臓では年の取り方が違うかもしれない。その違いを残して分析することで、特定の臓器の変化と病気の関係を調べられます。全身を一つの「生物学的年齢」にまとめると見えにくくなる情報ですね。

研究チームはさらに、組織画像と遺伝子発現の情報を結びつけ、血液から組織ごとの年齢のずれを推定する方法も検討しました。研究機関CeMMの解説では、アルツハイマー病と脳、クローン病と消化管など、病気と関連するパターンが紹介されています。

甲状腺の組織標本

出典

上の甲状腺の画像を見ると分かりやすいでしょう。細胞の形や配置を含む病理組織像を数値化し、研究では年齢や病気との関係を探っています。遺伝子発現は、どの遺伝子がどれだけ読み出されているかを表す情報。画像とRNAのデータをつなぐことで、形態と分子の両側から組織の状態を捉えようとしているわけです。

ただし、献体由来の横断的なデータから学んだ関係と、生きている一人の人を追って変化を測ることは別です。血液からの推定も、各臓器を直接検査した結果ではありません。一度の採血ですべての臓器の状態が分かる検査が完成した、という段階ではありません。

SNSの反応

研究チームのAndré Rendeiroさんも、LinkedInで研究を紹介しています。Rendeiroさんが強調しているのは、研究の出発点が「組織の画像で捉えた年齢の手がかりを、血液からも読み取れるか」という問いだったこと。また、別の施設・機器・手順で得られたデータを使い、外部でも通用するか確かめたことです。

コメント欄では、Ella Marushchenkoさんが、異なる臓器の推定年齢をそのまま比較できるのか、と質問しています。個人的にはここが結構、気になりました。仮に肝臓が60歳、心臓が50歳と表示されても、その10年の差をどう解釈すればよいのか。「歳」という同じ単位が付くと、そのまま比べられそうに見えますよね。

同じ「歳」表示でも、臓器ごとの誤差や基準集団が違えば、数字の差をそのまま機能の差としては読めません。検査を受ける側からすると、ここは説明がほしいところですよね。時計の精度とともに、その数字をどう伝えるかも大切な課題ではないかと。

「時計が動いた」を、どう読むか

ここで、前回も触れた8月21日の老化時計の比較研究を、もう少し掘っておきます。人を対象にした51本の介入研究をまとめ、16種類のエピジェネティック時計と94のDNAメチル化指標を、共通の枠組みで計算し直した研究でしたね。

DNAメチル化は、DNAの塩基にメチル基が付く化学修飾です。塩基配列そのものを書き換えず、遺伝子の働きの調節に関わります。その分布から暦年齢、死亡リスク、老化のペースなどを推定するのがエピジェネティック時計。どれを予測するように学習したかによって、同じ介入への反応も違うわけです。

結果では、死亡リスクや老化の速さを予測するようにつくられた時計が、介入に強く反応する傾向を示しました。同時に、対象者の特徴や研究期間によっても反応が変わります。研究チームの一部は、時計に関する特許や検査企業との関係を開示しています。

これを「最強の若返り法ランキング」と読むのは難しいでしょう。集めた研究では参加者も期間も違いますし、時計が変わったこと自体が、病気や死亡を減らした証明にはならないからです。

それでも、時計の選び方を検討できるのは前進です。何十年も待たずに介入の手がかりを得たい。その願いを実現するには、測る方法そのものが信頼できるかも、確かめなければなりません。長寿研究では、治療法の開発と、ものさしの開発が同時進行しているわけです。

3.皮下で動く小さな筋肉を、治療に使う

8月26日のNature Agingの研究は、映像と一緒に見ると発想の新鮮さが伝わりやすいかと。マウス自身の筋細胞を使って皮下に移植片をつくると、血管が形成され、組織が自発的に収縮するようになりました。

論文のSupplementary Video 1で、その収縮が公開されています。生体内の移植片を観察した実験映像です。

研究では、高齢や肥満のマウスで、筋肉量・機能、代謝、再生に関連する改善が報告されました。また、治療用タンパク質をつくる細胞の供給源として使う可能性も検討しています。

組織を体内につくり、それが別の場所にも作用するかを試しています。薬を体外から投与する発想から、生きた細胞に体内で働いてもらう発想へ、視野を広げてくれる研究です。

この移植片はmyograftと呼ばれます。血管が入り込むことで酸素や栄養の供給を受け、自発的に収縮する組織になります。さらに、副甲状腺ホルモンや成長ホルモンなどを分泌する用途も検討されており、「収縮する組織」と「タンパク質を供給する組織」の両面を持つ点が面白いなと。

ただ、寿命延長を示した研究ではありません。細胞の採取・培養・移植を伴うので、次に気になるのは、どれくらい安定して働き、どんな患者さんなら工程の負担に見合う恩恵を得られるかです。運動が難しい人の機能回復や、継続的なタンパク質の補充という用途から考えると、技術の役割が具体的になる気がします。

4.110歳の免疫は、「若いまま」ではない

8月19日のCell Reportsの論文は、超長寿者に見られるCD4陽性キラーT細胞を詳しく調べた研究です。CD4陽性T細胞は通常、免疫応答を調整するヘルパーとして知られますが、ここで注目されたのは細胞傷害性を持つCD4 CTLです。標的細胞を直接攻撃する性質を獲得した集団、ということですね。

この細胞が超長寿者に多いことは、2019年にも報告されていました。今回の焦点は、そうした細胞がいつ増え、どのような状態にあるかです。100歳前後からの増加に加え、CD27・CD28という共刺激分子を段階的に失いながら、典型的な「疲弊」とは異なる状態を示しました。共刺激分子はT細胞の活性化を助けるスイッチ、疲弊は刺激が長引くことで応答が弱くなる状態です。表面のスイッチが減ったことだけでは、働きが失われたとは判断できないわけですね。

論文では、腫瘍で見られるT細胞受容体の配列との重なりなども踏まえ、がんの抑制に関わる可能性を論じています。ただし、がんを抑えたために長寿になったことが実証されたわけではありません。長く生きる過程で獲得した特徴なのか、長寿を支えた特徴なのかは、まだ切り分ける必要があります。

この研究を読むと、そもそも何を「健康な老い」と呼ぶのか、考えたくなります。

「若返り」という言葉を使うと、どうしても若い人の体を完成形に置きがちです。若い人と異なる数値は、元に戻すべきものに見えてしまう。が、長い年月の刺激に適応して機能する体なら、若いときと違う構成を持つことにも意味があるかもしれません。

若い状態に近づくことと、その年齢でうまく働くこと。その二つを、同じものとして扱わない方がよさそうです。

そういえば、2024年にはスーパーエイジャーの話も書きましたね。こちらは、年を取っても高い認知機能を保つ人たちの話。110歳以上という年齢で選ぶ超長寿者とは対象の定義が違いますが、「年齢の割に、何の機能が保たれているのか」を具体的に見る点は通じると思います。

これは、老化時計の話ともつながります。年齢らしい特徴を検出できたとして、その特徴を減らすことが利益になるとは限りません。何を若さと呼び、どの機能を守りたいのか。長寿のゴールを考えるとき、超長寿者の研究はよい問いを投げてくれます。

この流れで思い出したのが、4月3日のセノリティック薬の検証です。セノリティックとは、老化細胞を選択的に除去しようとする方法。複数の研究機関がGLS1阻害剤BPTESと抗PD-1抗体を調べ直したところ、従来報告された老化細胞の減少や機能改善を支持する結果は得られませんでした。

これは、すべての老化細胞除去法が無効だという結論ではありません。特定の候補を、実験条件や評価方法をそろえて確かめ直した結果です。

こういうニュースは、新しい技術の発表ほど目立ちません。が、後続の研究や資金をどこへ向けるかを考えるなら、同じくらい大切だと思います。可能性を増やす研究と、うまくいかない可能性を絞る研究。その両方が蓄積してこそ、次の試験を設計しやすくなるのだと思います。

5.XPRIZEは決勝へ。20チームが何を示すか

8月11日、XPRIZE Healthspanは20の決勝チームと、うち10チームへの各100万ドルの支援を発表しました。支援総額は1,000万ドル。日本からはGoda LabとTIME TRAVELER – Plant-EVsが受賞対象に入っています。

XPRIZE決勝チーム発表会

決勝チーム発表会で話すJamie Justiceさん。出典:XPRIZE公式発表。

発表会の写真からも、研究者や運営者が集まる熱気がひしひしと感じられますね。この競技で何を競うのか、まずは目標を押さえてみるとこんな感じです。

  • 対象は50〜90歳。
  • 1年以内の介入で、筋肉・認知・免疫の機能を評価する。
  • その機能を少なくとも10年分回復させ、さらに20年分を目指す。

これは目標の設定です。「寿命が10年延びた」「決勝チームの技術なら若返る」と発表されたわけではありません。今回の節目は、仮説を臨床試験へ進めるための選抜と支援です。

主催者の計画では、2026〜2029年に試験を進め、ユタ大学がデータ管理を、カリフォルニア大学サンディエゴ校が共通の検査や生体試料の取りまとめを担うようです。

賞金額と並んで気になるのが、この共通基盤です。老化への介入は種類が多く、測定方法も多い。各チームが違う指標だけを報告すれば、結果を比べるのは難しくなります。外部の評価や共通の測定が、技術を比較する手がかりになるのではないかと。

もちろん、共通の競技に参加すれば、対象者の状態や試験設計まで同じになるわけではありません。結果が出たら、誰と比較したのか、予定していた評価項目は何か、途中で参加をやめた人はどれくらいいたか、安全性に問題はなかったかまで確かめたいところです。

受賞のニュースを見ると、つい「いよいよか」と期待したくなります。面白いのは、「若返りそうだ」という説明を、「誰に、何を、いつまで行い、何が変われば成功か」へ落とし込んでいるところです。ここまで来ると、期待を上げる条件も、下げる条件も具体的になります。ニュースを追う側にとっても、数年後に答え合わせができる問いが増えてきている気がしますね。

6.細胞リプログラミング:臨床・資金・AIの動きを追う

XPRIZEと合わせて振り返ると面白いのが、細胞リプログラミングをめぐる6月の二つの発表です。今月の新着ではありませんが、「いつか人で試す」がどう具体化しているかを考える材料になるのではないかと。

ER-100:まずは眼の病気で、安全性を調べる

6月9日、Life BiosciencesはER-100の第1相試験で最初の患者への投与を発表しました。対象は開放隅角緑内障などの視神経の病気。OCT4・SOX2・KLF4という転写因子、いわゆるOSKの発現を制御して細胞の状態に働きかけ、安全性や忍容性を調べます。転写因子は、遺伝子を読み出す働きを調節するタンパク質。細胞を完全に未分化な状態へ戻すのではなく、元の役割を保ちながら状態を改善しようとするのが「部分的」リプログラミングです。


「若返り治療が人へ」と短くすると、全身を若くする試験のように聞こえますが、まずは特定の組織と病気です。投与を始めたという発表なので、人での有効性はこれから調べることになります。

ここは前回の話とも重なります。老化に働きかける技術でも、最初の試験では具体的な病気と患者さんを対象にする。全身の若返りという大きな構想があっても、まず確かめるのは「この病気に、この方法は安全に使えるか」という問いなのですね。

NewLimit:4億3,500万ドルを、どの結果へ変えるか

6月2日には、NewLimitが4億3,500万ドルのシリーズC調達を発表しました。Founders Fundが主導し、既存投資家にはEli Lilly Venturesも含まれます。同社は2027年に最初の人の試験を始める計画を掲げています。あくまで会社が示した予定にすぎませんが、人で試す時期まで具体的になってきた点は気になります。


発表ページには、同社の取り組みを紹介する公式動画もあります。企業が何を目指すかをつかむ入口として見つつ、動画の説明と独立した臨床データは区別しておきたいところです。

この二つとXPRIZEを並べると、資金調達、最初の投与、比較評価に向けた試験基盤という、異なる段階が見えます。大きな資金が集まった会社と、最初の患者に投与した会社を、「どちらが若返りに近いか」だけで並べても、あまりよい比較になりません。

この資金調達に対するMatthew Vickersさんの投稿も、見方を整理する材料になります。Vickersさんは、技術が約束どおりの成果を出すかは未確定だとしつつ、長寿が大きな資金の向かう投資分野になりつつある、と捉えています。

技術が成功するかどうかと、投資家がこの分野に資金を向け始めたことは、分けて見る必要がありますね。6月の発表を今あらためて振り返るなら、次に追いたいのは、その資金を使ってどんな試験が行われるか。安全性の情報や、患者さんにとって意味のある改善が、いつ示されるのかが気になります。

Altos:計算科学への展開と、研究者の動き

Altos Labsからは、人の動きと研究体制に注目しておきましょう。直近では、創設科学者のJuan Carlos Izpisua BelmonteさんがTIMEの「Longevity Leaders 2026」に選ばれたことを、同社がLinkedInで紹介しています。今回は研究成果の発表ではありませんが、細胞リプログラミングに取り組む研究者が、一般向けのメディアでも取り上げられているニュースです。

Altosが以前から進めている研究体制の整備で、気になるのがInstitute of Computationです。目指すのは、細胞や臓器がストレスを受けても機能を保つ力、つまりレジリエンスを計算モデルで捉えること。そのモデルを使い、リプログラミングによる介入を探し、設計する構想を掲げています。

先ほどの老化時計は、組織の情報から年齢を推定する技術でした。こちらは「細胞に何をすれば、どんな変化が起きるか」を予測しようとするもの。同じAI・計算科学でも、測定から介入の設計へと用途が広がっているわけですね。

人材の動きでは、4月16日にBuckがPeter Walterさんの教授就任を発表しました。Altosの共同創設にも関わった細胞生物学者で、小胞体内に折りたたみ不全のタンパク質がたまったときの応答、UPRの研究で知られます。タンパク質の品質管理が老化でどう崩れるかは、時計やリプログラミングとも接する問いです。企業名だけでなく、誰がどの問いを追うのかも見ていきたいところですね。


7.分子の仕組み

ミクログリアの分泌物が、髄鞘をつくる細胞に影響する

8月11日公開のNeuronの研究は、ある細胞で起きた老化に伴う変化が、周りの細胞へどう影響するかを調べています。出発点は、染色体の末端を保護するテロメアの短縮。研究チームは、テロメアを短くしたマウスとヒトiPS細胞由来の細胞を使い、脳で何が起こるかを追いました。

鍵になったのが、脳の免疫細胞であるミクログリアから分泌される、可溶性DLK1(sDLK1)というタンパク質です。テロメアを短くしたマウスでは、脳脊髄液中のsDLK1が増えていました。さらにsDLK1を増やす実験を行うと、オリゴデンドロサイトという細胞の成熟や、髄鞘の形成が妨げられました。

髄鞘は、神経線維を覆って信号が伝わるのを助ける構造です。その髄鞘をつくるのがオリゴデンドロサイト。つまり、ミクログリアが出す物質が、別の細胞による神経の支え方を変えていたのですね。ヒトiPS細胞由来の細胞でも、成熟や神経活動への影響が確認されています。

ある細胞の老化が、分泌物を通して別の細胞の働きを変える。 細胞同士のやり取りから脳の老化を考える手がかりになる研究ではないかと。ASAGI代表の早野さんも9月10日のX投稿で紹介しています。今後は、この経路を抑える介入で機能を回復できるかを追っていきたいところですね。

腸管幹細胞では、炎症と脂肪酸の利用がつながる

同じく8月11日のNature Agingの研究では、アルバート・アインシュタイン医科大学の研究チームが、炎症の信号によって腸管幹細胞の働きが低下する仕組みを報告しました。腸管幹細胞は、腸の内側を覆う細胞を生み出し、組織を更新する細胞です。

研究チームが老齢マウスと若齢マウスの血液循環をつなぐと、若い側の腸管幹細胞にも、老化したときのような変化が現れました。一方、TNFR1という受容体を欠くマウスでは、その影響が弱まりました。TNFR1は、炎症に関わるサイトカインであるTNFの信号を受け取ります。受容体をなくした実験でも確かめることで、単なる相関から一歩踏み込んでいます。

さらに、この信号は脂肪酸酸化(FAO)の低下につながっていました。FAOは、脂肪酸を分解してエネルギーを取り出す過程です。細胞の外から届く炎症の信号が、細胞の中のエネルギー代謝を変え、組織を更新する力にも影響する。「老化には炎症が関わる」という説明から、その間にある受容体と代謝の経路まで具体化した点で重要な研究ではないかと。

リソソームに何がたまるのか

少し前ですが、7月30日のScienceの研究では、Whitehead研究所などのチームが、複数の組織からリソソームを分離し、内部の代謝物を調べました。リソソームはタンパク質や脂質などを分解・再利用する細胞内小器官です。

老化した脳・心臓・筋肉・白色脂肪のリソソームには、グリセロホスホジエステルやシスチンが蓄積。小児期に発症するリソソーム蓄積病と共通する物質が見つかりました。カロリー制限は心臓・筋肉でこの変化を抑えた一方、脳では同じ効果が見られませんでした。

この臓器差は、先ほどの組織時計の話とも重なります。同じ介入でも、どの組織で何が変わるかは一様ではないということですね。

SNSから原著をたどると、こうした少し前のニュースにも出会えてありがたいです。日付だけで追っていたら見逃したかもしれない論文を拾えるのも、SNSのいいところ。研究を紹介してくださる皆さん、いつもありがとうございます!

8.女性の老化

Buckの「生殖レジリエンス仮説」

生殖に多くのエネルギーを使えば、その分、体の維持に回せるエネルギーは減る。老化を考えるうえで知られた説明ですが、たくさん繁殖する女王昆虫が長寿であることは、これだけでは説明しきれません。

少し前の8月6日、Buck InstituteのPankaj Kapahiさんらは、CellのPerspectiveで「生殖レジリエンス仮説」を提案しました。生殖と長寿の関係を、身体の維持に使う資源の奪い合いだけで捉えない考え方です。

研究チームが注目するのは、繁殖や育児、血縁集団への貢献を続けるために、長く生きることが有利になる場合です。そうした状況では、ストレスに耐えて体を保つ仕組みも、進化の過程で選ばれてきた可能性がある。この視点から、卵巣を卵子や性ホルモンをつくる器官としてだけでなく、代謝・免疫・骨・脳などと情報をやり取りする器官として捉えています。

この仮説に立つと、閉経はエストロゲンが減るだけの出来事ではなく、卵巣と全身のやり取りが変わる時期になります。まだ仮説の段階ですが、研究では性別だけでなく、妊娠・授乳・閉経などの経験も記録しよう、という具体的な提案につながっています。ひと口に「女性の老化」といっても、生殖の段階や履歴によって違いがある。その違いを調べることが、次の研究につながるのではないかと。

9月8日:閉経期の脳は、思春期・妊娠と同じ変わり方ではない

Nature Communicationsの縦断研究では、Amsterdam UMCなどのチームが、思春期142人、妊娠110人、閉経期843人のMRIデータを、そろえた解析方法で比較しました。全員を思春期から閉経まで追ったのではなく、三つの別々の集団を分析しています。

初経や妊娠をまたぐ群では、対照群よりも皮質灰白質の体積が大きく減少する傾向が見られました。灰白質は、神経細胞の細胞体などが集まる部分です。

一方、閉経への移行群では、総灰白質と皮質灰白質の減少は、多くの項目を同時に比べたことによる偶然の差を考慮すると、統計的に有意とはいえませんでした。ただし、閉経に関する三つの群の間で減少率を比べても、有意な差は出ていません。「閉経への移行群で減少を確認できなかった」ことと、「ほかの群より減りにくいと示せた」ことは違う、という点には注意が必要です。

灰白質の体積変化だけで認知能力の良し悪しを決めることはできません。興味深いのは、「ホルモンが変化する時期」とひとまとめにせず、どの人生段階で、どの領域がどう変わるかを比べた点です。Buckの仮説を直接検証した研究ではありませんが、生殖の段階を区別する重要性を考える材料になります。

Buckは栄養の議論を政策の場へ

Buckが8月19日に公開した報告では、Eric Verdinさんが7月29日の米連邦議会議事堂での会合に参加。栄養をエネルギー源だけでなく、代謝や修復の経路を切り替えるシグナルとして捉える話をしています。新たな臨床試験結果ではありませんが、老化研究の知見を食や公衆衛生の議論へ持ち込む動きとして拾っておきたいところです。

9.日本の動き:ASAGIの拡大、東京の国際会議、海外投資家との接点

ASAGI:6月の設立から、8月には16団体へ

6月1日に活動を始めたASAGI Labsのコンソーシアムは、8月6日に新たな8社の参加を発表しました。会員は16団体に拡大しています。

  • 製薬・検査:エーザイ、大正製薬、タウンズ。
  • 食・栄養:ファイン、ヤクルト本社。
  • 不動産・広告:野村不動産ホールディングス、博報堂DYホールディングス。
  • 事業・投資の連携:ASAGI Labs Ventures合同会社。

8月13日には、博報堂DYも参画を発表。生活者理解やマーケティングの知見を使った事業づくり、スタートアップやVCとの連携を掲げています。薬や検査に加え、住まい方、働き方、サービスを選ぶ行動まで対象に入ると、健康寿命の産業はずいぶん違って見えますね。

次に気になるのは、参加企業が増えた先で、誰の何を測り、どんなサービスを試すかです。会員数に加えて、共同研究や事業の具体的な成果も追っていきたいところです。

9月8日:HLMC 2026の東京開催を発表

ASAGIが事務局を務めるHLMC 2026は、11月18〜20日に東京・順天堂大学で開催予定。テーマは、AIと老化時計を用いて老化を定量化し、個別の健康管理へつなぐことです。

18・19日は基礎研究、20日はスタートアップや投資家を中心としたピッチ・パネルを予定しています。プロテオミクス、つまり多数のタンパク質をまとめて測る情報と、医療・健康データをどう統合するかも焦点になります。

早野さんは同日のX投稿で、Brian Kennedyさんとの開催を案内し、学生・研究者の発表や企業の参加を呼びかけています。論文の読み手と事業をつくる人が同じ場所に集まる、国内の具体的な機会として気になりますね。現地開催のみで、オンライン配信は予定されていないとのこと。

9月9日:阿部養庵堂薬品がスイスの長寿投資会議へ

阿部養庵堂薬品の発表によると、代表の阿部朋孝さんが、9月14〜17日にスイスで開かれるLongevity Investors Conference 2026に登壇予定です。テーマは、アジアの高齢化を支える事業・インフラ。同社は日本人初の登壇者選出と説明しています。

先ほどのXPRIZEの決勝進出と合わせると、日本企業が研究競技と海外の投資家コミュニティの両方に接点を持ち始めているニュースとして読めます。登壇の成果はこれからですが、国内の製品開発を海外の資本・事業連携へどうつなぐかは、続けて見たいところです。発表に掲載された人物写真からも登壇者を確認できます。

10.世界の健康

9月2日のNature Agingの分析は、204カ国、304の疾患・傷害を、年齢ごとの健康負担の現れ方で分類しました。指標はDALY(障害調整生存年)。早い死亡で失われる年数と、病気や障害によって健康が損なわれる期間を合わせ、健康への負担を捉えます。

生まれた子どもが生涯に経験すると見込まれる負担では、すべての所得群で、加齢とともに負担が大きくなる病気のグループが最大となりました。ただし、低所得国では乳幼児期の病気のグループとの差はわずかです。人口の若い国でも、その子どもたちが長く生きた先の健康が課題になる、という視点ですね。

この話で思い出したのが、6月18日にXでも紹介したGHIT Fundの緊急開発支援です。当時気になったのは、必要な技術へ資金を届ける仕組みと、その対応の速さでした。

6月17日の発表によると、コンゴ民主共和国などでのエボラウイルス病の流行を受け、GHIT Fundは迅速診断技術やPOC検査の開発を支援する公募体制を整えました。POCは、検体を遠くの検査室へ送るのではなく、患者さんのいる現場の近くで行う検査のことです。

発表では、WHOの緊急事態宣言から5日後の5月22日に、情報交換や開発への関心表明の受け付けを始めたと説明しています。5日間で製品が完成したり、助成金の交付が決まったりしたわけではありません。それでも、有事に研究開発の提案を受け付ける仕組みをすぐ動かせるのは、頼もしいですね。

電力や高度な検査設備が十分にない場所でも使える技術を、日本の企業・大学と海外のパートナーが協力して開発する。長寿研究とは扱う病気が違いますが、科学を現場で使える形にするという課題は共通しています。感染症から命を守ることと、長く生きた先の健康を守ること。その両方を支える仕組みにも、目を向けていきたいところです。

今月を振り返って

今月は、老化を調べる入口の多さが印象に残りました。国内でも、製薬・食品に不動産や広告が加わり、学会や投資家との接点が増えています。

ニュースの入口はさまざまですが、読み進めると共通する問いも見えてきます。どの細胞の何が変わり、それがどの機能に届いたのか。そして、その変化を人で確かめるために、誰が資金を出し、試験や事業を進めるのか。研究と企業の発表をつなげて読む面白さは、こういうところにある気がしますね。

今後は引き続き、動物実験の再現、老化時計と機能の関係、臨床試験の安全性・有効性、それに国内の連携が生む具体的な計画を追いたいと思います。

皆さんは、どのニュースがいちばん気になりましたか。「この研究も面白かった」「ここは別の見方もあるのでは」といったコメントをいただけるとうれしいです。気になったニュースがあれば、ぜひ周りの方にも共有してください。

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