💰 私たちは「長寿」に、いくら払うのか

膨らむ市場予測は、何が売れる未来を描いているのか。長寿ビジネスの数字を、買う人の選択と医療制度から考えます。
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おくさん
2026/11/04


「長寿バイオ市場は、2030年に310億ドルを超える」。

調査会社The Business Research Companyが、10月28日付のプレスリリースで、そんな予測を発表されておりました。高齢化が進み、老化研究には資金が集まり、検査や予防のサービスも増えている。市場が大きくなるという見通しには、うなずけるところがあります。

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ただ、いったん立ち止まって、この数字を考えてみましょう。

私たちはすでに、健康を保つためにお金を使っています。もし、確実に、健康に長く生きられると確かめられた技術が登場したら、その支出はどう変わるのでしょうか。今より多く払うのか。今使っている商品をやめて、新しいものに乗り換えるのか。それとも、個人が自費で払うことに加えて、保険で支えられる医療が増えるのか。

前号では、長寿が生む価値と、一社の企業が大きくなることの間にある隔たりを考えました。今回は、企業の成長を支える市場規模の数字について、考えてみようかと。

長寿市場が伸びるとは、誰が、何に、今よりお金を使うようになることなのでしょうか。

この問いをたどると、市場規模の予測は、生物学の進歩だけでなく、私たちの選び方や医療制度がどう変わるかまで織り込んだものに見えてくるように思います。

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目次

  1. 「長寿市場」には、何が含まれているのか
  2. 効果が確かなら、人はもっとお金を払うのか
  3. 薬として認められても、すぐに広まるとは限らない
  4. 治療が成功した後、売上はどうなるのか
  5. 増えた売上は、どこから来たのか

1. 「長寿市場」には、何が含まれているのか

最初に確認したいのは、ここでいう「市場規模」とは、何を足した数字なのかということです。

冒頭の調査は、老化を標的にした薬だけを扱っているわけではありません。同社のレポート紹介には、長寿に関する相談、生物学的年齢の検査、予防プログラムが並び、栄養や運動、睡眠の支援も含まれています。つまり、従来から健診や健康支援として提供されてきたサービスも、「長寿市場」の一部として数えているわけです。

一方、Longevity.Technologyは、2045年に年間6,170億ドルという推計を示しています。こちらは、老化の生物学的なプロセスに介入する治療が広く使われた場合に、どれほどの年間売上が見込めるかを計算したものです。

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310億ドルと6,170億ドルは、同じ市場についての予測を比べたものではありません。対象も年も、計算の仕方も違うからです。

大切なのは数字の大小より、「その市場で、何が買われると見込まれているのか」を確かめることだと思います。

たとえば、以前から提供されていた健診を長寿市場に含めれば、集計される市場は大きくなりますが、それだけで健診を受ける人や支払われる金額が増えたことにはなりません。逆に、既存の健診からよりよい検査へ乗り換える人が増えれば、健康関連の支出全体が同じでも、新しい検査の事業は伸びます。

「長寿に分類される売上が増えること」と、「人々が健康のために使うお金が増えること」は、分けて考える必要があるのです。

長寿市場の拡大を、実際の支払いの変化と集計範囲の変更に分け、支払いの変化を新規と乗り換えに分けた図。

では、売上が実際に増えるとしたら、何が変わるのでしょうか。まず、買う人の側から考えてみましょう。

2. 効果が確かなら、人はもっとお金を払うのか

McKinseyの2025年の調査では、世界のウェルネス市場を約2兆ドルとしています。こちらは健康、睡眠、栄養、運動、美容などを広く含む数字です。長寿治療の需要そのものを示すわけではありませんが、今後の長寿ビジネスは、すでにある健康関連の支出とも関わってきます。

ここで気をつけたいのは、今ある商品の購入理由と、新しい治療を選ぶ理由が、同じとは限らないことです。

たとえば、「健康に関心がある」「科学的根拠を重視する」「効果が確かな商品なら高くても買う」「実際に買い続ける」。この四つは一例ですが、似ているようで、それぞれ別のことを尋ねています。最初の二つを聞いたアンケートだけでは、後ろの二つまでは分かりません。当然ですけど。

科学的根拠がはっきりしていることは、商品選びにどれほど影響するのでしょうか。2026年9月に公表されたタイの成人732人の研究では、心血管疾患を予防する栄養補助製品について、価格や効果、科学的根拠などの条件が異なる仮想の商品を提示し、どれを選ぶかを尋ねました。

研究チームは、五つの条件が選択に与える影響を「相対重要度」という比率で比較しました。結果は、次のとおりです。

  • 科学的根拠がどれだけ明確か:38.3%
  • 誰が勧めるか:24.3%
  • 期待される効果:15.2%
  • 安全性:14.2%
  • 費用:7.9%
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ここで提示された条件の範囲では、科学的根拠の明確さが最も選択に影響していたわけです。

では、健康についての情報を示すと、購入する商品は変わるのでしょうか。こちらは臨床効果の実証ではなく、食品表示を調べた例ですが、2025年12月のJAMA Network Openの研究では、米国のスーパー利用者275人が、栄養評価の点数か、FDAの基準に沿った「healthy」の表示を見る群に無作為に分けられました。表示なし、ありの順に食品を選び、そのうち一つは、受け取った謝礼5ドルから代金を払って実際に購入する仕組みでした。

その結果、

  • 点数表示と「healthy」表示の条件では、健康的な商品の選択が、表示なしの条件より100回当たりそれぞれ11.2件、6.4件多くなった
  • 「healthy」表示では、不健康な商品からの乗り換えが主だった
  • 点数表示では、「買わない」から購入する変化も見られた
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短時間の実験であり、長期の購入を調べたものではありませんが、購入の変化を、乗り換えと新しい購入に分けて見ている点が参考になるでしょう。

食品表示に限らず、長寿技術の売上を予測するときも、何が変わって購入が増えるのかを分けて考えるべきでしょう。

たとえば、次のような違いがありうるはず。

  • 今の商品より高くても買ってもらえるのか。
  • 同じ価格でも、買う人が増えるのか。
  • 効果への信頼が高まり、使い続ける人が増えるのか。
  • 今のサプリや検査をやめて、新しいものへ乗り換えるのか。

買う人や支払う金額が増える場合と、同じ予算で別の商品に乗り換える場合では、企業の売上も、健康関連の支出全体も、違う動きをします。

こう考えると、「すでに長寿への支出がある」ことから、「確かな治療なら、さらにこれだけ払われる」と一足飛びに計算することには慎重でありたいと思いますね。

3. 薬として認められても、すぐに広まるとは限らない

続いて、同じ健康予算の中で、何を選んでもらえるかを変える力も大きいのではないか、という点についても考えてみましょう。

個人の購入に加えて、市場の広がりを左右するのが医療制度です。当然ですが、誰が治療を受けられるのか、費用を誰が負担するのかによって、利用する人数も変わります。

先ほどのLongevity.Technologyの試算の前提を見てみると、市場が広がるまでの道筋をどう想定しているかが分かります。

  • 対象は45歳以上
  • 価格の参考は、米国で一人当たり年約6,000ドルのGLP-1薬。地域ごとの差も調整する
  • 対象者の35%まで普及する
  • 最初の承認を2035年と置き、普及に10年かかると想定する

この試算には、有効な薬の登場に加えて、広い年齢層に予防的に使え、その価格で一定の人数が使い続けられるという見通しも織り込まれています。2035年という年も、当局が約束した予定ではなく、推計する側が置いた条件です。

老化を示す検査値が改善したことと、病気が減ったこと、日常の身体機能が保たれたことは同じではありません。FDAの説明でも、検査値を臨床的な利益の代わりに評価に使うには、使う場面に応じた裏付けが必要だとされています。どんな効果を確かめられるかが、薬を使える対象や条件にも関わってきます。

しかも、薬として使うことが認められた後も、広く使われるまでには時間がかかります。

比較になるのが、肥満治療に使われるチルゼパチドです。英国政府が2025年9月に議会で示した説明では、NICEの推奨条件に該当する人口は2025年度で約360万人と推計されています。一方、NHSでの段階的な導入では、最初の3年で対象を約22万人まで広げる計画でした。広い対象へのアクセスには最大12年を見込み、3年後に進捗を見直すとしています。

これは360万人がすぐ処方を受け、全員分の売上が立つという話ではありません。また、22万人は実際に治療した人数ではなく、段階的に利用対象を広げる計画です。これは肥満治療の導入計画であり、長寿薬を対象とした制度ではありません。

それでも、市場予測を読むときの注意点はよく分かります。医学的に使える人の数と、ある年に実際に使える人の数は違う。診療を担う体制や費用負担の条件を省くと、承認から普及までにかかる時間を見落としてしまいます。

長寿市場の規模は、生物学の予測であると同時に、制度がどう変わるかの予測でもあるのです。

効果の実証から、個人の購入と制度による利用条件という二つの経路を経て、実際の支払いに至る図。

自費で広がるサービスなら、同じ制度変更を待つ必要はないかもしれません。ただ、その場合は、その価格を自分で払える人が、どれだけ使い続けるかを確かめる必要があります。どちらの道でも、対象人口をそのまま購入者数にはできない、という点は注意が必要でしょう。

4. 治療が成功した後、売上はどうなるのか

こうして普及が進んだ後も、売上が増え続けるとは限りません。

長寿技術が成功したら、既存の治療や介護の需要の一部は減るかもしれません。新しい技術の会社が成長することと、関連する産業の売上がすべて増えることは、別の話です。

老化介入の成功例ではありませんが、この関係を考えるうえで参考になるのがC型肝炎の治療です。やや昔の資料ですが、Gileadの決算では、C型肝炎治療薬の売上は2016年の148億ドルから、2017年には91億ドルへ減りました。同社は2018年の株主向け資料で、多くの患者が治癒し、薬を必要としなくなるにつれて、新たに治療を始める人数が減ると説明しています。

売上の減少には競争や価格の影響もあり、治癒だけで説明できるわけではありません。それでも、治療の成功が、その後の薬の需要を減らすという関係は重要です。

もちろん、C型肝炎と老化は違います。感染症を治すことと、続いていく加齢のプロセスに介入することを、そのまま重ねることはできません。長寿技術も繰り返しの利用が必要かもしれません。ただ、継続して使う治療と、治療を終えられる技術では、売上の計算も変わります。

毎年使う薬なら、その年に使い続ける人数と年間の費用を考えます。一度で長く効く治療なら、その年に新しく治療する人数や、次の治療までの間隔を考える。対象になりうる人の総数に一回の価格を掛けた額が、そのまま毎年の売上になるとは限りません。

売上の数え方を見るために、仮の数字を置いて考えてみましょう。年1万円の薬を毎年100万人が使う場合と、一度10万円を払えば再治療が不要な治療の場合を比べます。後者では、初年に100万人が治療を受け、翌年は新たに受ける人が10万人に減ると仮定します。

仮に置いた利用条件

年間売上

毎年使う薬:年1万円 × 毎年100万人

毎年100億円

一度で終わる治療:1回10万円 × 初年100万人

初年1,000億円

同じ治療:1回10万円 × 翌年の新規10万人

翌年100億円

これは将来の市場予測でも、二つの治療の効果や価格の妥当性を比べる試算でもありません。再治療が不要で、新しく受ける人数が減るという仮定を置いた例です。最初に多くの人を治療して大きな売上が立っても、その金額が翌年以降も続くとは限らないことが分かります。

では、安く、少ない回数で効く技術ほど、市場は小さくなるのでしょうか。そこまで言うと、今度は逆の例を見落としかねません。

Lillyが10月29日に発表した2026年第3四半期決算では、肥満治療薬Zepboundの米国売上は前年同期比48%増の約53億ドルでした。Lillyは、実際の販売価格の低下があった一方、強い需要が成長を支えたと説明しました。長寿薬の売上ではありませんが、価格の低下と売上の拡大が両立する実例です。

一人当たりの支払いが減っても、使う人が十分に増えれば、市場は大きくなります。一方、治療が不要になる人が増えれば、売上は減ることもある。科学的な成功から、売上がどちらに動くかは一つに決まりません。

ここまでは薬の年間売上を考えてきましたが、医療費全体を見るなら、さらに長い期間で考える必要があります。ある病気を防いでも、長く生きる間に別の医療が必要になることはあります。2008年のオランダのシミュレーション研究も、予防によって特定の病気の費用が減っても、生涯の医療費まで減るとは限らないと示しています。老化介入そのものの予測ではありませんが、費用を考える期間にも注意が必要でしょう。

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健康に過ごせる時間を延ばせたのか。それによって、どの売上が増え、どの売上が減ったのか。この二つは、分けて評価すべきなのでしょう。必要な治療が減ることも、よい技術がもたらす成果なのですから。

5. 増えた売上は、どこから来たのか

冒頭の「長寿市場は伸びる」という予測に戻ってみます。

新しい検査や治療が登場し、誰かの売上が増えたときには、少なくとも次の違いを確かめるべきではないでしょう。

市場規模が大きくなった理由

確かめる点

買う人、支払う額、使う期間が増えた

どの変化が売上を増やし、個人や保険者が何にお金を出すようになったのか

既存の商品や治療から乗り換えた

新しい売上の一方で、何への支払いが減ったのか

集計する商品やサービスの範囲が変わった

実際の購入が増えたのか、同じ支出を別の名前で数えているのか

実際には、これらが混ざるでしょう。新しく使い始める人もいれば、今の商品から乗り換える人もいる。すべてを正確に分けられるとも限りません。

既存の商品や治療から、よりよい技術へ乗り換えてもらうことも、企業にとって大きな事業機会です。ただ、その企業の売上増を、健康関連の支出全体が同じだけ増えたことと混同してはならないでしょう。

長寿市場の面白さは、健康に長く生きるための技術が、既存の市場まで変えていく点にあると思います。科学が進むことで、必要とされる商品も、選ばれる会社も、使われる予算も変わる。効果の実証は、新しい市場をつくるだけでなく、いまある市場の中身を変えていくものとしても捉える必要があるのではないでしょうか。

何が確かめられたら、誰の、何への支払いが、どう変わるのか。

それが分かれば、その予測を確かめるために、次の臨床試験を見るべきか、価格の見直しや保険の条件変更を追うべきかも見えてきます。

今後は引き続き、総額の大きさだけでなく、その条件が一つずつ満たされているかを見ていく必要があると思います。

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